【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
私は起業して学習塾を始めるべく、天海さんの税理士事務所を訪ねた。
今回のテーマは融資についてで、創業資金として必要な300万円を日本政策金融公庫から借りることができるかについて相談するためだ。
「ウム。審査を無事に通過できれば300万円の融資は受けられるぞ」
「そうですか。良かった!」
「ちなみに聞いておくが、はじめさんは滞納などしとらんじゃろな?」
「滞納・・・・・・ 何のお話でしょうか?」
「審査を通過するために必要な項目のひとつなんだが、納税やクレジットカード、携帯電話料金の支払いなどが滞ったことはないか」
「ああ、そういった点も調べられるんですね。大丈夫です。過去に滞納したことはありません。これで信頼してもらえるのですか?」
「通帳も開示する必要があるの。自己資金について、どこからか一括でドンと借りてきたものではなく、長年コツコツと貯めてきたという証が信用度に繋がるからの」
「その点も大丈夫です。前の会社には長く勤めていて、しっかり毎月貯金してきましたから」
「そうか。それでは後は創業計画書があれば、まず問題ない。そこはわしに任せておけ」
天海さんはお茶を飲みながらそう言って微笑んだ。どうやら融資については無事に進められそうだ。
「そういえば天海さん、金利ってどうなっているんでしょうか?」
「日本政策金融公庫の金利は
2%ちょっとぐらいじゃな」
「2%ちょっとか、思っていたほど高い利息ではないな。300万円借りても6万円強ということですね」
利息はそこまで負担にはならない。問題なのは300万円以上の借金をしている状態になるということだ。以前にも車のローンを組んだことはあったが、その際には安定した収入が見込めたので借金することにも抵抗はなかった。今回は話が別だ。学習塾を起業しても生徒が集まらなければ、1円も返済できない。
「どうした? なにやら顔が青ざめてきておるが」
「いえ、起業が現実味を帯びてきて、だんだん不安に感じるようになってきまして・・・・・・ 」
「先が見えないということは確かに不安に感じるじゃろうな。つい先日が家康公の命日でな。とは言っても、家康公が亡くなったのは元和2年じゃから、もう400年以上も昔のことになるが」
「そういえば、久能山東照宮で御例祭が行われたと聞きました」
「その家康公の東照宮御遺訓にこのようなものがある。
『人の一生は重荷を負って
遠き道をゆくがごとし。
いそぐべからず』
とな。人間の一生というものは、何かしらの重荷を背負って遠い道を進むようなもの、重荷があるのは当たり前、だからこそ慌てずじっくりと歩んでいけばよいということじゃな」
退職してからは確かに背負うものがなくなり身軽になったが、充実感がなく、なにやら日々にむなしさを感じていた。人生には重荷があって当然なのかもしれない。
「その重荷が人を成長させるのじゃろう。
まさに家康公はその手本とすべきお方じゃな。幼い頃から人質としての生活が続き、独立しても信玄公の脅威にさらされ、信長や太閤秀吉からは圧力をかけられ、それでも忍耐強く歩みを進めた。家康公ほど大きな重荷を背負い続けた方はいないじゃろうが、だからこそ天下太平の世の礎を築くことができたわけじゃな」
なるほど。重荷を背負ってこそ人は成長するのか。この歳でもまだまだ自分は成長できるのかもしれない。起業はそのチャンスだと受け止めるべきだろう。ここはまさに人生の転換期なのだ。