【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
初めて採用する学生アルバイトは、都内の大学に通っている春から2年生になる女性に決定した。授業の経験がまったくないばかりか、アルバイト自体が初めてということもあって、かなり手厚い研修が必要になる。忙しい時期ではあるが、研修に時間を割き、4月からの新年度スタートには間に合うように仕上げていかなければならない。
「明日から研修を開始します。午後が空いているそうなので、生徒が来るまでの時間の2時間ほどですね。最初はやはり社会人としての心構えから教えていくことになります。業務の流れも伝えながら、報告・連絡・相談の報連相の重要性や、そのやり方も強く意識してもらう予定です」
「ホホホ、はじめさん、ずいぶんと気合いが入っておるようだの。電話越しでもその熱気が伝わってきますよ」
「なにせ最初が肝心ですからね。甘い顔をしていては、そんな感じで仕事していいんだとなめられてしまいます。近年はパワハラだ、なんだと厳しい指導ができない上司が多いと聞きますが、本当に通用する人材を育成するためには厳しさが不可欠。女性だからって顔色をうかがって研修するつもりはありません」
「1対1でそんなに凄んでおったのでは、相手の女子学生さんも萎縮するのではないのか?」
「それがですね、実はもうひとり希望者が増えまして。ええ、そうです。友人で働きたいという人がいたら声をかけてみてと伝えたところ早速。まだ直接は会っていないので、この研修に参加してもらう中で、採用するかどうかを決めたいと思います。ですから1対1ではなく、1対2の構図なんですよ。あちらは親しい友人同士ですからね。和気あいあいで緊張感に欠けるムードでの研修にはしたくないので、余計に厳しく接しようかと」
「なるほど、それでは予定通り女子学生2人を講師として新年度を迎えることができるかもしれぬわけか。コツコツと学生アルバイト募集の活動を行ってきた甲斐があったというものじゃの」
「ええ、天海さんのアドバイスのおかげで、行動に移したことが成果に繋がるケースが多くなってきました。ですから自信を持って決断できるようになってきているんです」
「それはいいことじゃが、何事も順風満帆とはいかん。特に上手く運んでいるときこそ注意が必要じゃ。好事魔多しとも言うからの」
「はあ。何か気になることでも?」
「うむ、そうじゃな、強いて言うとはじめさんのその育成への姿勢かの。もちろん甘やかして指導することは互いにとってデメリットしかないのじゃが、厳しくあるべきという先入観が強すぎるようにも思えるの。特に仕事をするのが初めての女子学生ともなれば、それなりの心遣いは必要かもしれぬぞ。それこそパワハラなどのトラブルを起こすリスクがある」
「そうでしょうか?」
「鬼の形相で研修していながら、生徒には笑顔で接するようにと指示を出すのもおかしな話ではないか。そこは無理をせず、はじめさんが生徒に接するときと同じように、学生さんたちに接するのが一番じゃと思うがの」
「私が生徒に接するときと同じですか・・・・・・」
「孫子の言葉にこういうものがある。
『卒未だ槫(せん)心(しん)ならざるに
而(しか)も之(これ)を罰すれば、
即ち服さず』。
信頼を得ていないのに
厳しくしても
部下との関係は上手くいかない
ということじゃ。まずは愛情。厳しさはその後でもいいというのが孫子の教えじゃな。
愛情があるからこそ、
厳しさも伝わるということ。
この順番は重要ではないかの」