【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
学習塾にとって退塾はかなり悪い兆しである。それも成績不振や、やる気低下、講師への不信感などが引き金になっている場合、かなり警戒する必要があった。塾講師として20年近く働いているが、1年間に1件の退塾も出していない良好な状態が続いていても、初めの1件の退塾の影響で一気に退塾が連鎖することを私は身をもって経験してきた。
まったく退塾が出ない中だと生徒たちは「とにかくみんなについていって頑張ろう」と一心不乱に取り組んでいるのだが、退塾が実際に出ることで生徒の中に「退塾して他の勉強方法に切り替えるという選択肢があるんだ」という迷いが生れるし、「あの子が辞めるんだったら、私も辞めよう」と心が動きやすくなる。1件の退塾を止められなかったばかりに、月に5件の退塾を出してしまったという苦い経験もあった。
今回、不幸中の幸いなのは、5月下旬に定期試験を控えており、ここでしっかり結果を残すことができれば、悪い雰囲気を一変することができるということだ。
だからこそ、ふたりの学生アルバイト講師に対して「生徒の様子がどうなのか」、「どういったアプローチが一番効果的なのか」を報告・相談できる仕組みをしっかり再構築した。もし何か感じることがあれば、その生徒が定期試験に向けて全力で集中していくように促していくというのが、全員の共通方針だ。
ということで、この状況を顧問税理士の天海さんに電話をして報告する。そして、この作戦に何か隙があるのであれば、ぜひアドバイスをしてほしいと求めた。
「前回の反省を活かして、報・連・相の仕組みを質の高いものに迅速に整備しておるのは、さすがはじめさんじゃな。それに確かに次の定期試験の結果はとても重要じゃ。ただし、そのためには家庭との連携も重要」
「そうですね。何か生徒の様子で気づきがあった場合はすぐに家庭にも連絡をして、効果的な対応方法を検討していきます。酒井も石川も生徒の様子をしっかり見ていますし、話すことも理にかなっているので、保護者への電話がけに協力してもらおうと、そちらの研修も急ピッチで行っています」
「はじめさんひとりの力よりも、より多くの協力を得て、より効果的に対応していくことは大切じゃの。学生アルバイト講師にも電話がけに参加してもらえば、彼女らの家庭からの信頼度も上がるじゃろうし、塾と家庭の絆も深まる。それは良い案じゃ」
「何か他に見過ごしていることはないでしょうか? 打てる手は打ったと思っているのですが」
「後は塾長であり、リーダーでもあるはじめさんが、どこまでがむしゃらに生徒に関わっていき、定期試験へのやる気を高め、指導で自信をつけられるかじゃの。学生アルバイト講師に主力として活躍してもらうことは大いに結構じゃが、それ以上にここは、
リーダー自らが
積極的な姿勢を見せて
いかなければならんじゃろう。
それを見て、ふたりの学生アルバイト講師が自分ももっと頑張ろうと思わせなければならぬ」
「私が背中で引っ張っていくということですね」
「そうじゃな。家康公の言葉にこのようなものがある。
『一手の大将たる者が、
味方の諸人のぼんのくぼを見て、
敵などに勝てるものではない』
とな。ぼんのくぼとは首の後ろのことじゃ。後ろから味方の奮闘を見ているだけでは流れは変えられぬ。リーダー自らが率先して前に出ていくことで、味方の士気が上がり、悪い流れを払拭することができるのじゃ。ここは正念場。くれぐれも他人任せにならぬようにの」