今回の冬期講習会では募集は上手くいったものの、予想していたような入塾結果を得られなかったため、新年度の売上増が厳しくなっていた。
主な原因は、エネルギー価格など様々な値上げによって、各家庭が生活費を切り詰める必要性に迫られている点である。
ただし、苦しいのはどこの業界も同じで、本当に価値のある商品や企業が選ばれる大事な時期であるというアドバイスを顧問税理士の天海さんから聞き、私は再度気持ちを切り替えることができた。
問題は、給与が上がらないが物価が上昇するスタグフレーションという状況の中で、どうすればお客さんに選んでもらえるのかということだ。
その点をしっかりと追求しなければあっという間に強烈な波に飲み込まれてしまうだろう。
本当に価値のあるものを提供できる学習塾。
言葉にするのはたやすいが、実現することは並大抵のことではない。
そもそも何をすればいいのか、何から着手すればいいのか、まったくイメージが湧いてこないのだ。
とはいえさすがに矢継ぎ早に天海さんに相談するわけにはいかない。
経営者としては、まず自分自身で試行錯誤する必要があるだろう。
実際のところ起業してここまで苦労した甲斐があり、評判は上々。
着実に一歩一歩階段を上ってきた実感はあった。
きっとその成功体験の中に、現状を打開できるヒントがあるはずだ。
そこで目をつけたのが最近本格的に始動したオンラインレッスンである。
生徒数はそこまで大幅な伸びにはなっていないものの、全体の売上に占める割合はどんどん大きくなっていた。
客単価が高いことは、マーケットが通常の個別指導とは違い、都内や名古屋、大阪、兵庫と経済力のある地域であることが要因になっているが、どうもそれだけではなさそうだ。
私はオンラインレッスン部門の責任者を務めてくれている石川を呼び、話を聞くことにした。
彼女はまだ学生アルバイト講師なのだが、生徒からの信頼や人気は塾長である私をしのいでいる。
そのため私自身も大いに信頼しており、生徒対応の権限や裁量といったものを他の学生アルバイト講師とは別に持ってもらっていた。
石川と話をしている最中、冬期講習会、入塾活動、受験生対応、新年度準備とあまりに忙しく、彼女とじっくり話をする機会を逃していたことを悔やんだ。
彼女は常にレッスン後にご家庭にレッスンの内容や成長した点などを伝えて満足度を高めるだけでなく、この点を改善すればさらに伸びるといった少しだけ背伸びさせる目標を毎回与えていたからだ。
そしてその内容をしっかりと記録し、振り返ることを忘れずに次のレッスンを行っている。
だから生徒の少しの変化も逃さずに気づくことができていたし、より一層生徒がやる気を出して勉強をしていた。
予想を上回る我が子の頑張る姿を見て喜ばない親はいない。
生徒の数が増えていなくても、空いた時間で石川のレッスンを受けたいという希望が多くなり、それが全体の売上増に繋がっている。
まさにお客様に選ばれ、必要とされる学習塾を体現していたのだ。
私はすぐにこの発見を電話で天海さんに伝えることにした。
「なるほどの、その学生さんはやはりただ者ではないようじゃな。お客様の期待値を常に意識しておる。そしてその期待値を上回るサービスを提供することを心がけておるから、
顧客満足を超えた
顧客感動(Customer Delghit)
を生み出しておるのじゃよ」
「顧客感動ですか・・・」
「重要な発見じゃったな。フランスの作家、マルセル・プルースト氏は発見や感動についてこう言った。
『真の発見の旅とは、
新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることなのだ』
との」