【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
大学1年生のアルバイト講師の2名が酒井の研修を受け始めてからおよそ1ヶ月が過ぎた。
まだレッスンを担当する段階ではなく、酒井が個別指導をしている様子を見学して学んでいる状態だ。
新人両名とも最初の面接時にはそこまで積極的に働こうという意識を感じなかったが、酒井の研修を受けて感化されたからだろう、学ぶ姿勢が当初とは大きく変わっている。
それだけ酒井がこの仕事の価値や意義について熱く語り、両名の視点に立って丁寧に対応してきている証拠だ。
日ごろからプライドが高く、活躍している同僚の石川にあまりいい顔をしないような酒井だったので、新人の育成を任せることに一抹の不安を感じていたのだが、状況はとても良い方向に進んでいる。
新人は早く自分たちもレッスンし、生徒を担当したいと意気込んでいるし、酒井は相手の気持ちを思いやる気配りができるようになって、生徒からの人気もうなぎ登りだ。
もともと教えることは上手なので、自分のストロングポイントをしっかり発揮できるようになりさえすれば石川に匹敵するとは常々思っていたのだが、まさにその絶好の機会になった。
実は最近になって石川の様子も変わってきている。
酒井が私への報告する時間が長くなってきているからなのか、今までよりも細かな報告をしてくるようになった。
酒井の研修についてどのようなことをしているのか質問してくることもある。
どうやらライバル視をしていたのは、石川の方が強かったのかもしれない。
近年では、いたずらに社員の競争を煽るのは社内の雰囲気を悪くし、余計なストレスを与えてしまうため避ける経営者が増えてきていると、顧問税理士の天海さんから聞いた。
経営者としてはプレッシャーを与えて、従業員の力をできる限り発揮させたいという願いなのだが、そう上手くはいかないようだ。
競争から生まれたギスギスした環境は、勝った者には問題ないだろうが、それ以外のメンバーにとってはモチベーション低下の大きな要因になる。
だからこそ、競争よりも協調を重んじられるのが現代の風潮らしい。
その方が個々の強さを発揮しやすいし、チームで成果を上げやすくなる。
結果として生産性の高いのは、競争よりも協調。
天海さんがZOZO創業者の前澤友作氏の言葉を教えてくれた。
「競争するよりも協調した方が、
経済合理性がある。
競争によって刺激されなくても、
みんなお客様にとって便利なもの、
新しいものを自発的に生み出すマインドに
なっている気がします」
酒井はまさにその状態なのだろう。
しかも酒井をライバル視している石川は、酒井に対抗するように新しいプロジェクトについて提案をしてきた。
「中高一貫校に通う生徒のオンラインレッスンの無料体験」だ。
中高一貫校は独自のカリキュラムで進んでいるため、他の学校の生徒と同じ進度のレッスンが受けにくい傾向にある。
なにせ中学2年生で数Ⅱや数Bといった高校2年生の単元を習っている学校もあるほどである。
大坂・兵庫や都内の中高一貫校の生徒への呼びかけをして、1人でもオンライン受講生を増やしていきたいというのが石川の希望だ。
私は石川と酒井の関係について、お互いに与える影響がとてもバランスの良いもので、これこそ理想的なライバル効果だなと感じた。
刺激を受け合って
自発的に競争する原理が働いている。
押しつけられた競争ではない。
石川のプロジェクトの話を聞いて、個別レッスンと新人研修で多忙な酒井も参加したいと申し出てきた。
酒井は純粋にこの仕事を楽しむ余裕が生れてきているし、もっとこの学習塾を盛り上げていきたいという思いが強くなっているようだ。
私は、競争と協調が実にバランスよく石川と酒井を成長させていることに頼もしさを感じていた。