12月中盤、2024年も残り半月となった。
ここから「光陰矢のごとし」といった感じで時は過ぎていく。それが塾講師の宿命だ。
冬期講習会募集は一時の5名から最終的になんとか28名まで持ち直した。
昨年が50名なので、昨年比56%減と売上は大幅に減少したが、大手進学塾「清洲予備校」が進出してきて夏に引き続き無料講習会を開催している中では善戦したといえるだろう。
ちなみにオンライン部門の冬期期間の短期レッスン申込も7名まで伸びた。
次は1月から始まる中学受験本番と冬期講習会からの入塾活動にシフトしていくことになるのだが、一番の問題は内部に抱えている。
学生アルバイト講師石川だ。
清洲予備校の若手エース竹中と密かに接触していたことが明るみになって1週間。
私もうかつにその件に触れることができず様子見の状態。
石川も周囲に気づかれていることは感じているようだが話をしてくることはない。
じれったい状態に本多をはじめとする他の講師陣はイライラしていた。
風通しの良い職場環境を作ってきたつもりであったが、現状はすこぶる悪い。
気になるのは石川と同時に採用となり、ここまで共に私の学習塾を支えてくれている酒井が今回の事態に何も反応しないことだ。
石川の行為のフォローをするわけでもなく、石川を敵視するような厳しい視線を送るわけでもない。
日和見といえば日和見。
石川のライバルであり親友である酒井の反応は、彼女が何かを知っているかのようだった。
私は石川に直接問いただす前に、酒井に相談することに決めた。
酒井は個室に呼ばれてこの話題になったときに、ついにこの時が来たかというような申し訳なさそうな表情となり、
「その話は事実です。二人がどこまで親密な仲なのかまでは私からお話できませんが、春からの就職先について悩んでいるのは確かです」
とはっきり答えてくれた。
「あちらからかなり有利な条件を提示されて迷っているということなのかな?」
「というよりも現状への不満、というか不安でしょうかね」
「不満・・・・・・ 石川さんにはかなり重要な役割を任せて成果を出してくれているので充実しているのかと思っていたんだけど」
「そうですね。間違いなく石川はここでの仕事に充実感を持っています」
「ということは人間関係の不満なのか?」
「いえ、彼女は人間関係に対してドライなので不満を感じることはないはずです。別に衝突している相手がいるわけでもないですし、生徒とも保護者とも円滑な人間関係を築いています」
「では何に対して不満なんだろう?」
「簡単に言うと忙しすぎるということでしょうか。現状でも終わらない仕事を家に持ち帰って対処しています。このまま正社員となるとさらに膨大な仕事量になり、プライベートがなくなってしまうことが心配なのではないでしょうか。石川は仕事とプライベートをきっちり分けたいタイプなので、現状にかなりストレスが溜まっていますよ」
そう言われて確かに腑に落ちた。
仕事ができるだけにいろいろなことを任せすぎて負担が大きくなりすぎていたのだ。
仕事に忙しいことは充実した人生を送るうえで必要なことだと思い込んでいて、若い人にもその価値観を押しつけていることに気がついた。
以前、顧問税理士の天海さんが多忙さについてこんな話をしていた。
詩人として有名な茨木のり子氏の言葉だ。
『人間だけが息つくひまなく動きまわり、
忙しさとひきかえに
大切なものをぽたぽたと落としてゆきます』
忙しさに対する感覚は人それぞれということだ。
ただ、仕事の忙しさが私生活を壊しているのだとすれば大きな問題である。
働きたい環境作りの点からも、
ワークライフバランスの
見直し・改善が早急に必要だ。