2025年、7月も下旬。
1年間の中で最も長い講習会である夏期講習会が開幕する時期だ。
しかし、今年は残念ながら募集活動に専念できるような状況にない。
正直、募集数・入会数共に厳しい夏期講習会になることは覚悟していた。
オンライン部門の責任者である石川の実力主義の方針に嫌気がさして、4人の外部委託講師が辞め、その他にも数名がしばらく休むと言い出すカオス状態に陥ってしまっていたためである。
もちろんこの事態は同僚である酒井や榊原、本多、井伊にもすぐに伝わった。
もともと石川とこの4人の仲は良くない。
長年同じ釜の飯を食べているだけに、意見衝突することは以前よりも少なくなっていたのだが、今回はさすがに違うようで教室の雰囲気は殺伐としていた。
そのピリピリしたムードは自然と塾生にも伝わり、講師も生徒にも明るい表情が消え、全体が萎縮している。
とても一般生の友人を夏期講習会に誘ってきてくれとお願いできるような状況ではない。
塾生が全員帰宅し、清掃や報告会を行っていたある日の晩、いよいよ本格的な衝突が始まった。
石川と一番相性が良くないのが本多で、いつも本多の方から噛みついていって石川にあしらわれているのだが、この日は石川と同期の酒井が怒りの表情で石川と口論を始めた。
石川も他の後輩たちであれば冷静に対処できるのだが、さすがに長年一緒に仕事をしてきた酒井の感情的な言葉に対して表情は硬い。
酒井は仲間たちとの絆をもっとも大切にして仕事をしている。
だから後輩から信頼されているのだ。
石川はそういった人間関係の優先順位を後にしている。
成果がすべて、真剣に仕事に取り組んでいるのかどうかは成果に表れると信じているのである。
つまり今回はお互いに一番重視している仕事の価値観が真っ向から衝突している。
周囲の学生アルバイト講師たちもしっかり信念をもって教育に携わっているだけに、先輩であろうが容赦なく意見を主張するタイプで、自然と酒井に味方し1対4の構図だ。
私もすでに数回に渡り石川とは個別に話しをしている。
オンライン講師たちにもっと思いやりをもった対応をして、チームをまとめてほしいという希望も伝えた。
私と石川の間にはお互いの主張を受け止め、協調しようという気持ちが芽生えてきているのだが、酒井や本多は石川の意見など聞く耳を持たず、石川の対応を完全に否定して責め立てている。
私の学習塾にかつてないほどの亀裂をもたらせているのは間違いない。
修復するのは簡単なことではないだろう。
まずは酒井たちが
冷静に石川の意見を受け止めることだ。
受け入れる必要はないが、
頭から否定していては対立が深まるばかりである。
顧問税理士の天海さんからは、
コンフリクト(衝突・対立)マネジメント
について、「相手の意見を尊重する姿勢」、「意見の正しさではなく。本質的な問題に焦点を当てて話し合うこと」の重要性を話してくれたことがある。
コンフリクトマネジメントをうまく対処できたら、
対立は組織の成長に繋げられるということだった。
またその心構えとして、パナソニック創業者である松下幸之助氏の言葉を引用されていた。
『対立大いに結構。
正反対大いに結構。
これも一つの自然の理ではないか。
対立あればこその深みである。
妙味である。
だから、拝することに心を労するよりも、
これをいかに受け入れ、
これといかに調和するかに、心を労したい』
ビジネスは常に仲良しこよしとはいかない。
私の経営者としての手腕を問われる重大な局面を迎えていた。