2025年夏期講習会3日目、ニュースでは連日のように日本各所での異常な猛暑を告げている。
私が経営する学習塾はといえば正社員の石川の離脱により危機的な人手不足に陥り、講師陣が心身ともに限界に達していたところ。
ここで思わぬ助っ人が現れた。
私が以前勤めていた進学塾の後輩、山内である。
塾というのは講師が生徒に知識を教え、さらにその知識を引き出し結びつけ応用問題に対応する力を身につけさせるというのが重要なコンセプトなので、意外に他塾に移っても簡単に溶け込めるという要素を持っている。
テキストやカリキュラムが変わっても実績のある講師であれば柔軟に対応できるのである。
その点、山内は天才で、仕組みも少し教えただけの状態で1日フルに指導をし、それだけですでに生徒たちのハートを掴んでいた。
さらに驚いたのは、体育会系講師である本多や井伊といった若手が山内の指導力に大きな感銘を受けて、リスペクトし始めたことだ。
生徒を惹きつける面白い授業を展開できるし、態度や姿勢が悪い生徒は容赦なく叱りつけることもできる。
面白さと厳しさを併せ持つ講師はどんな環境でも人気を博すものだ。
さらに山内の学生アルバイト講師たちへのアドバイスや指示も石川にはない小気味よいもので、それが彼らには浸透しやすかったようである。
疲労困憊で、今にも倒れそうだった講師たちが元気を取り戻した。
山内の登場は、単純にシフトの問題を解消しただけでなく、いつの間にかマンネリ化した職場の雰囲気に新しい風を吹き込み、その空気をも一変したのだった。
プライベートの素行面を知っているだけに私はそこまで山内を評価していないのだが、そんなことつゆ知らずの若手にとっては衝撃的な出会いになったようだ。
なにせ数年とはいえ塾長も務めた経験があり、若手育成ではやり手と評判の高かった男なので、このような反応になっても不思議ではない。
夏期講習会4日目、なんと一般生の3名が入塾の申込書を提出。
まさしく山内に感化されての入塾決断だ。
山内の凄さは生徒も講師も家庭もあっという間にやる気にさせる力を持っている点だった。
これには敵わないと私も実は舌を巻いていたほどなのだ(本人に伝えると調子に乗るので話はしていなかったが)。
個別指導なので2~3名を相手に50分ほどレッスンをするのが私の学習塾のシステムだが、山内は10名まとめてレッスンする離れ業まで披露し、不満が起こるどころか、それを望む生徒が増えたという現象まで起きた。
石川の抜けた穴は埋められないと落胆していただけに、この山内の活躍は想像を絶するものだった。
山内の肩書きを副塾長(この夏限定)にしたことで、存在感が他より強かったのも幸いしたらしい。
山内はあまり束縛すると力を発揮できないので、ある程度の自由度と権限を与えていた。
自由度と権限の譲渡が、
ポテンシャルを引き出すのに成功したのである。
結果、山内の夏期講習会と呼んでもいいほどの旋風が吹き荒れている。
ピンチを大きなチャンスに導いてくれたのは、他でもない、顧問税理士の天海さんだった。
天海さんが山内にヘルプを依頼したのだ。
おそらくこのような化学反応が起こることを予想してのことだろう。
天海さんは常々、イギリスの起業家リチャード・ブランソン氏の言葉を引用して、育成の話をしていた。
『教育に最も効果的なのは、
自由と責任を与えることだ』
この手法は石川に対してはうまくいかなかったが、山内に対してはとても効果的に働いた。
両者の違いは何だったのだろうか?
経験や実績にも影響を及ぼしていたのかもしれない。
今後の若手育成に関してさらに突っ込んだ分析が必要だろう。