コラム



税理士がサポート!『はじめて起業ものがたり』  「起業って何から始めればいいのか 228 元従業員に対する顧客情報の管理」

 

今回のポイント
 情報の持ち出しは違法 

 

 

学生アルバイト講師の時代から私の経営する学習塾を支えてくれていて、今年4月に正社員として雇用した石川が出勤しなくなって10日が過ぎた。

 

かつて塾長を務めた経歴を持つ山内の協力があってなんとか無事に夏期講習会を開催できているが、もし山内がいなかったと思うとゾッと背筋に悪寒が走る。

 

起業を志して私に相談してきた山内に顧問税理士の天海さんを紹介したのだが、今度は天海さんが機転を利かして今回の修羅場に山内を投入してくれたのだ。

「情けは人の為ならず」という言葉どおり、親切心でした行為はその人のためになるだけではなく、巡り巡って自分に返ってきてくれた。

 

ただ問題の石川が体調不良を理由に欠勤を続けている中、密かに竹中という若者と会っていたことが発覚。

しかも竹中が競合する清洲予備校の中心人物でもあったことで、酒井、本多、榊原、井伊といった講師陣が激しい怒りを石川に向けている状態だった。

 

天海さんのアドバイスがあり、ひとまず社労士に相談。

講師陣には相談中なので勝手な行動は控えるよう促して事態の深刻化は抑えている。

 

 

ちなみに社労士の話では、入社して4ヶ月ほどしか経過していない新入社員でも、本人が退職を希望すればそのまま退職できるということだった。

人手不足が著しい現代においてはそういった若者も増えてきているらしい。

新入社員であっても実際に働いてみて、労働環境がもっと良好な会社を希望すればいくらでも選べる時代ということだろう。

就職氷河期まっただ中だった私の就職活動時期とはずいぶん変わったものである。

 

しかし、石川から退職の話はない。

朝にかかってくる電話ではあくまでも体調不良で休むという内容だけだった。

 

社労士の説明によると、仮に解雇する場合、相応の対応を順次とっていく必要がある。

 

まさか石川がこのような問題を引き起こすとはまったく想定していなかったため、社労士の話を聞けば聞くほど戸惑いが生まれた。

 

その中で一点、とても気になる話があった。

 

顧客情報の持ち出しについての

 

トラブルが起こる可能性についてだった。

 

事例としては、顧客情報を持ち出し、民事裁判で1億円以上の損害賠償判決が下ったケースや刑事裁判で懲役2年の実刑判決が下ったケースもあるとのことだ。

 

つまり元従業員による

 

顧客情報の持ち出しは違法なのである。

 

石川が出勤してこなくなって10日間、個別指導のレッスンではいくつも「なぜ石川先生が担当しないのか」、「石川先生の体調は大丈夫なのか」という相談は受けたが、オンライン生からはまったく問い合わせがなかった。

オンライン部門の臨時講師が担当するという話になってもクレームは1件もない。

石川のレッスンを受けたいから入塾したというオンライン生が多い中で、この反応は異常だ。

 

どう考えても事前に石川から説明があったとしか考えられない。

 

考えたくはない話だが、担当するオンライン生を引き連れて石川は清洲予備校へ移る気なのかもしれない。

周到な準備をしており、竹中と密かに会っていたのもその打ち合わせのためなのではないだろうか?

 

そう考えるとこの状況に説明がつく。

 

まさかあの石川が・・・・・・ もっとも信頼を寄せていただけに信じたくはない。

信じたくはないが、可能性は捨て切れない。

 

私は自分の考えを天海さんに説明した。

社労士よりも、ここまで私の学習塾を見守ってくれた天海さんがやはり一番頼りになる。

 

天海さんは時折うなずきながら話を聞いてくれた。

 

「フランスの文学者のフランソワ・ド・ラ・ロシュフコー氏の言葉を思い出したわ。

 

人間には裏切ってやろうと企んだ裏切りより、

 

心弱きがゆえの裏切りのほうが多いのだ

 

という言葉じゃ」

 

 

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