2025年も11月下旬。
冬期講習会まであと1ヶ月あまり。
ここにきて、石川が抜けた穴を十分すぎるほど埋めてくれた山内が戦線離脱となった。
もともと新しい学習塾を起業するノウハウを学ぶために手伝ってくれていたのだ。
ここまでやってくれたことは嬉しい誤算である。
石川が欠勤続きになったとき、もし山内がいなかったらと考えるだけで背筋がゾッとする。
私は今後の活躍を期待しつつ、快く山内を送り出した。
そして、本格的な石川の代わりとなる正社員の採用もいよいよ大詰め。
転職エージェントを利用して即戦力となる人材を探していたのだが、ついに理想的な人物を見つけたのだ。

仙台出身で、都内の有名進学塾で指導していた35歳の男性である。
都内の難関校受験指導の実績もあり、現在は都内在住だが、正式な採用となれば埼玉県に移り住むということで交通面も問題がない。
12月からさっそく働けるという確約もある。
彼とは実際に2度、採用面接を行っているが、口調は丁寧で表情も柔らかなので印象は良く、全身からあふれ出る自信を感じる。
本多や井伊など気難しいくせ者が多い講師陣の中でも問題なく働いてくれそうなイメージがあった。
もはや正式採用確定なのだが、その前に顧問税理士である天海さんの評価なども参考にしたいため、資料を持参して天海さんの事務所を訪れた。
「なるほど、これはまた見所のある人物を見つけ出したの」
資料を隅々まで眺めながら天海さんはそう呟いた。
それを聞いて私としてもニンマリである。
正直なところ、ひとを見る目には自信があるのだ。
これ以上ニーズに合った人物はあと1年探しても見つからないだろう。
転職エージェントを利用した甲斐は間違いなくあった。
「エージェントに支払う成功報酬が想定年収の30%ということで、500万円×0.3で150万円ですから、決して安くない買い物ですが、自分の学習塾への投資と考えたら必要経費と割り切りました」

「年収500万円となると、石川さんよりもかなり人件費がはみ出すの」
「彼もそこは譲れない条件ということで・・・・・・ これでもこれまで働いていた都内の進学塾の給与水準よりも下がってしまうんですよ。それに見合った成果を出す自信はあるという言葉も聞かれました」
「都内の企業と比較するとやはりそうなるのか。石川さん以上の活躍をしてくれれば御の字じゃな。しかし、石川さんも希有な人材だっただけにはたしてどんなものか」
「ええ、まあ、実際に働いてもらわなければわからない点が多いのですが、実績や印象を信じて採用に踏み切ろうと考えています」
「ひとの本質を見極めるということはいくつになっても難しい。この埼玉が出身である実業家渋沢栄一氏の言葉には、
『視、観、察の3つを以て
ひとを識別せねばならぬ』
とある」
「視、観、察、ですか? どういうことなのでしょうか? 」
「相手の行為が正しいか視ること、
その行為の動機を観ること、
そして何に満足しているのかを察すること。
人を見る目はこの3点が揃ってこそ誤らぬという」
「最後の何に満足しているのかというのはなかなか見抜くのが難しいですよ・・・・・・ 口から発する言葉を鵜呑みにすれば正しく思えてしまいますから。彼は埼玉県に住む子どもたちの可能性をもっと広げたい、貢献したいと話していました。教育の業界で社会に役立つことをしたいという思いは強く感じました。多少は金銭面にこだわりがあるようにも感じましたが」
「この『伊達』という人物が、はじめさんにとって良縁であることを願っておるよ。12月からははじめさんの学習塾は大きく変わりそうじゃな」

