【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
1学期の中間テストを終え、ひと息つきたいところではあるものの、やるべきことは山ほどある。
夏期講習会の募集準備も始めていかなければならないし、夏期講習会に向けて新人の学生アルバイト講師も育成していかなければならない。
新人2名の研修については、酒井が責任持って頑張ってくれているので、とても助かっていた。
しかも、酒井自身が研修を担当することで自分の問題点に気づき、自主的に成長しているのが頼もしい。
しかし、そう簡単にいかないのが新人育成だ。
当たり前に知っているだろうということを相手は知らなかったり、研修者の指摘について意図していない受け止め方をするなど、思った以上に手こずる。
案の定、今週に入って酒井の表情が厳しくなっていた。
私としても経営者として新人育成を酒井に丸投げするわけにはいかない。
節目、節目で研修者である酒井と新人両名にしっかりと関わっていく必要がある。
酒井からの報告は頻繁になっているが、彼女はプライドが高いので、自分が困っているということを言葉にしない傾向があった。
「いつも親身に新人の研修をしてくれてありがとう。新人両名に話を聞いても、とてもわかりやすく教えてくれると、酒井さんに感謝していたよ」
まずはここまでの取り組みについて認めることで、酒井に話を切り出しやすくしてみた。
酒井はそれを聞いて笑顔を浮かべたが、すぐに真顔に戻って、
「いい子たちなのは間違いないんですが、驚くようなこともいくつかあるんです」
「ほう、どんなことがあったんだい?」
「予習が中途半端なんです。ただ問題を解いているだけで、生徒にそれを教える視点がないんですよ。しかもその感覚がなかなか伝わらないんです」
「問題を解くことで精一杯になっているわけか」
「生徒がどんなミスをしそうなのか、どこがその問題のポイントなのか、質問してみるとピントがずれている答えばっかりです。どこから教えるべきなのかよくわからなくなってきました」
そう言う酒井の表情は深刻で、かなり悩んでいるようだ。
私が酒井や石川の研修をした際にも同じような感想ではあったのだが、そのことは置いておいて、話を進めた。
「相手が子どもであっても、大人であっても、やっぱり人を育てるというのは難しいものだ」
「塾長はいつもどんな心構えで研修されていたんですか?」
まったく同じような疑問を持ったことがある。
それは経営者になってさらに強く感じるようになり、一時期はかなり苦悩したものだ。
顧問税理士の天海さんに相談すると、組織力を向上させるための人材育成がとても重要であることや、根気強く丁寧に向き合う必要があることをアドバイスしてくれた。
私は当時アドバイスを受けた天海さんの言葉をそのまま酒井に伝えることにした。
それは日本海軍の元帥を務めた山本五十六氏の人材育成の心得だ。
「やってみて、言って聞かせて、
させてみて、ほめてやらねば人は動かじ。
話し合い、耳を傾け、
承認し、任せてやらねば人は育たず。
というのが人を育成する際の大切な心得だろうな」
「そうですか、私は言って聞かせて、させているだけでした。そう考えると生徒へのレッスンもそうですね。もっと丁寧に、根気強く対応していかなければなりませんね」
「まだ時間はあるから、焦らず、じっくり取り組んでいこう。酒井さんが生徒対応で感じたことをいろいろな方向から伝えてあげてくれ。酒井さんならきっとできる」
山本五十六氏の言葉には続きがあるが、それは今は私自身が酒井に対してそう思っていればいいだろう。
「やっている姿を感謝で見守って、
信頼せねば、人は実らず」