【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
冬期講習会開催まで残り2週間を切って、教材の準備や個別指導のスケジューリングなども順調に進んでいる。
人手不足については学生アルバイト講師の酒井の紹介で、好青年の大学1年生・井伊が新たに加わり、なんとかやりくりできる目星がついた。
井伊の研修については夏に本多や榊原の研修を行った実績があるので、そのまま酒井に一任している。
生徒たちの前に立たせられるのかどうかを判断する模擬授業をやらせてみたが、口調は柔らかく話がしっかり整理されているので聞きやすいし、板書もていねいで授業自体がわかりやすい。
個別指導ながら学力が揃っている生徒3人をまとめて対応する必要があるため、テキパキとした対応速度が必要になるが、その点も落ち着いて対処できる力量が見受けられた。
これはもしかすると本多や榊原以上の即戦力として期待できるかもしれない。
新人の初舞台であるからレッスンだけに集中してもらうことが一般的だが、井伊は酒井の研修を受けてさらに上を目指してこの冬期講習会に臨むようだ。
それはいかに一人ひとりの生徒を満足させられるのかという点である。
入会数を増やしたいという数値目標ではなく、そのために必要な働きがけについて注目しているようだ。
心構えも立派だが、体型もスラリとしていてイケメン、人気講師になる要素をすべて兼ね揃えている。
講習会に参加する一般生の多くは、「学力を伸ばして志望校に合格したい」というニーズを持っている。
ただしそれは表面的なニーズであって、潜在的なニーズまで深掘りしなければ満足や感動は得られない。
潜在的なニーズとは、「勉強を楽しくやりたい」、「知的好奇心を満たしたい」、「目標を持った充実した人生を送りたい」という本人も気づいていないような欲求のことだ。
潜在的なニーズは、
本人が気づいていないだけに、
こちら側から気づかせる働きがけが必要になる。
これらが高い費用を払い、時間を費やしてまで冬期講習会に参加する裏の動機だ。
「勉強は楽しくやろう」と声がけをして、本当にそれが実践できたらそんなに簡単な話はない。
楽しくなるために必要なのは言葉や強制力でなく、内側から込み上げてくる感情だ。
今までちんぷんかんぷんだった証明問題をわかりやすく教えてもらい、できるようになるだけでも楽しいと思える。
しかもそれが好きな講師から教わってであれば感動はひとしおだろう。
好きになってもらえる講師の条件は、清潔感があり、難しい内容を面白くわかりやすくしてくれること。
生徒一人ひとりをしっかり見つめて、誠実な対応ができること。
井伊はすでにその点に気づき、自分を磨こうとしている。
冬期講習会を通して井伊ファンが爆発的に増えることが容易に予想できた。
好きな講師に毎日のように接して励ましてもらえたら、勉強する時間はとても楽しいものになる。
そう、講習会に参加している生徒はできる限り楽しく刺激的に毎日を過ごしたいのだ。
学校の授業を受けても、自分で家庭学習してもそれを感じられないというストレスを無意識に抱えている。
井伊はそんな生徒たちの潜在ニーズを気づかせることができる逸材であると私は直感した。
顧問税理士の天海さんは、
顧客の潜在的な欲求を
顧客インサイトと呼んでいた。
この顧客インサイトを見抜くことで、
購買意欲を飛躍的に向上させることができる。
井伊とは一般生の情報をできるだけ共有し、入れるだけシフトに入ってもらう。
彼がレッスンを行うこと自体が顧客インサイトを見抜いたサービスの提供になると確信したからである。