【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
開校準備も整い、いよいよ夏期講習会の受け付けが始まった!
個別指導なので、夏期講習会といっても特別なカリキュラムがあるわけではない。生徒に合わせてどの単元のどの分野を扱うのかを変えていく。期間は14日間。毎日通ってもいいし、3日に一度休みを入れてもいい。日程や時間帯も生徒や家庭の事情に合わせることができるのが個別指導の強みだ。
1日の授業時間は3時間。1科目を3時間でもいいし、1科目1時間で3科目分でもいい。つまり3×14=42時間の授業を受けられることになる。これで費用は3万円。1回の授業料は実に714円ほどという計算だ。これほどお得な夏期講習会は他にないだろう。
塾側にとって講習会は、塾生数を増やす大事なイベントでもある。
ここに呼び込んで、実際に授業を受けてもらって気に入ってもらい、正規の塾生になってもらう。塾生数を増やさなければ毎月の安定した収益は見込めない。そのための講習会でもあるので、費用はかなりリーゾナブルなものになっているのだ。これだといきなり塾生になるのに抵抗がある家庭でも参加しやすい。
ただ、申し込みが殺到しても私ひとりでは授業対応ができなくなるので、限定20名とチラシには掲載している。時間帯をうまく分けていけばもっと対応可能なので、実際は20名を超えても受け付けする予定だ。限定効果も期待してそういった記載に決めた。
ニーズは確実にある。はずだった・・・・・・
しかし、受け付け開始初日、電話は一件も来ない。
他塾の講習会と比較し、家庭でじっくりと相談してから決めるからだろうか? 実績のない新規開校の塾では仕方のない話かもしれない。
以前ではたくさんの過去参加生がいたので、受け付け開始から数十人の申し込みが連日続いていたのだが、今は環境が違いすぎる。ここは我慢してもう少し待てば、定員になるぐらいの申し込みはくるだろう。そう自分に言い聞かせた。
しかし、受け付け開始から1週間経過しても、申し込みの電話は一件も来なかった。問い合わせの電話すら来ない。とにかく一度も電話は鳴らないのだ。
固定電話の回線が本当に繋がっているのか何度も確かめたし、携帯電話から実際に電話してみたが、そのときは普通に鳴った。確実に電話回線は繋がっている。
「どういうことだろう? まさかこのまま一件も申し込みが来ないなんてことはないだろうな・・・・・・」
以前の塾であれば、この時期にもう200名以上の申し込みはあった。自分の教室でも20名近くの申し込みはあったはずだ。受け付け開始から申し込みゼロなんて経験したことがない。
この1週間はひたすら鳴らない電話を見つめ続ける日々。
他にできることは掃除することぐらいだ。
参加者がいなければ夏期講習会は開催できないし、塾生を増やすことができない。つまりお客がまったくいない状況で、店だけ開いている日々が続くことになるのだ。家賃や光熱費の分だけ赤字が積み上がっていくことになる。危機感を覚えた私は、改めて状況を天海さんに伝え、今後の対策を相談することに決めた。
「ほお、はじめさんの学習塾は申し込んできた子どもがまだおらんのか」
こちらは青い顔をして相談しているのに対し、天海さんはいつものようにのんびりとそう答えた。
「講習会費用が格安で、日程もボリュームがあるのに、人が集まらないなんて信じられないです。前のところじゃ集団指導でこの費用で、凄い数が集まっていたのに・・・・・・ なんでなんでしょうか?」
「家康公の言葉にあるの。
勝つことばかり知りて、
負くることを知らざれば、
害その身に至る。
はじめさんは、何か大切なことを見失っておるのかもしれんぞ」