他県の有名大手学習塾との交流会は、初日こそ萎縮して得るものが無かったものの、2日目以降は気持ちを切り替えて臨むことで大いに実りのあるイベントとなった。
顧問税理士の天海さんからアドバイスを受けていなかったら、おそらく初日のまま最後まで時が過ぎていたことだろう。
先方から来た若手講師がそれほどまぶしく、遠くの存在に感じたせいだ。
いうなれば本当のアイドルを間近に見たのと同様。
本物と比較して自分たちを卑下したくないという保身から、なるべく見ない、なるべくかかわらないという消極的な気持ちになってしまっていた。
石川や酒井だけでなく、私自身でもそうだったのである。
若手の力量を比較することで自分の育成の手腕が否定されているような気持ちになってしまった。
そのため、塾長である私が目を背けてしまい、それが従業員に影響を与えていたのだ。
天海さんの話を受け、2日目は講師全員と話をし、企業理念を改めて共有。
大きな夢の実現のためには同業者から学ぶ姿勢が大切であること、学んだことを貪欲に自分のものとして塾生たちに還元していこうという点を確認した。
志を遂げるためには
無用なプライドは捨て、
必要なものはどんどん吸収すべきなのだ。
私は先方の引率された経年者に対し積極的に質問をぶつけ、若手育成の心がけやその具体的な方法を教わった。
石川や酒井は生徒指導について先方の若手両名と意見交流を盛んにするようになった。
そうして全体が活気付いてきた中で、水を得た魚のように元気になったのが、最も若い井伊である。
心構えを説いた途端、肩に入っていた余計な力が抜け、いつもと同じような自信に満ちた生徒対応ができるようになったし、こういう時にどうしているのかなど積極的に質問しメモするようになった。
先方の経年講師はそのひたむきな姿勢に感銘を受けている様子で、素直に学ぶことのできる若手育成について逆に私が質問を受けたぐらいである。
井伊はもともとポテンシャルが高い。
話し方が柔らかく説明が丁寧だし、表情もいつも笑顔で常に相手に好印象を与えることができる。
ただ、経験不足のため生徒を伸ばす対応はまだまだ未熟だった。
もし井伊に一流の指導力が身についたら、あっという間に私など抜き去っていくだろう。
今回の交流会では、井伊に指導力の重要性やそのために何が必要なのか、どんな工夫ができるのかなどに目を向けさせる良い機会になった。
どんな言葉をかけることが最適なのか、どんなタイミングでどんな発問をするとより生徒の能力を引き出すのか、今までなんとなくやってきて見過ごしてきたことに注意を払えるようになったのだ。
今回の交流会で大きく変化したのは明らかに井伊だった。
アドバイス受けた点をすぐに生徒対応に実践している。
まだぎこちない部分はあるが、今までよりも質の高い対応を提供できている。
このことを食事の際に天海さんに伝えた。
「三國志に登場する呉の呂蒙氏の逸話に
『男子、三日会わざれば刮目して見よ』
という言葉があるが、まさにその通りじゃ。
アドバイスを受け入れる素直な心と、
変わるための機会があれば
わずかな時間でも若者は大きく成長する。
眠っている才能は、
きっかけで目を覚ますのじゃよ」
「職場がいつも同じメンバーなので、マンネリ化してしまっていたのが若手の成長を阻害していたのかもしれません。今回の交流会はそれを打破する良い機会でした。先方からの話を断らなくて正解でしたよ」
「おそらくそれはあちらさんも同じように思っているじゃろうな。このような刺激があってこそ教育者は切磋琢磨し、日本の教育全体の質が高まっていくのではないかの」