この夏から進出してきた大手進学塾の「清洲予備校」は、噂通りに冬期講習会も無料開催を公表した。
私の学習塾では講習会費用は一人3万円。
塾生・講習会生併せておよそ70名だとすると210万円の売上になる。
オンライン生を含めれば300万円以上。
このように講習会は塾経営にとって貴重な収入源なのだ。
だから清洲予備校もすべての地区で無料開催するわけではない。
あくまでも新規開校記念という名目で限定的に行う。
他の地区での大きな収入が見込めるため、ここで無料開催しても穴を埋めることは難しくはないだろう。
しかし、個人塾経営の私はそういうわけにはいかない。
対抗処置として「こちらも無料開催!」という手法は、経営危機になるリスクが高まるため選択できないのだ。
顧問税理士の天海さんからは、無料開催のデメリット、有料開催のメリットについてのアドバイスを受け、自信を持ってこれまでどおりの有料講習会を開催することに決めた。
そしてこの話を講師陣にしたところ、学生アルバイト講師筆頭の石川から提案を受けた。
講習会の無料開催は無理だとしても、講習会に付随するような無料イベントを開催して、塾生や講習会に申し込んだ一般生を招くのはどうかというものだ。
具体的には期末テストに向けた特別対策である。
個別指導で行うと、この人数を対応するのにかなりの労力が必要となるため、オンライン指導を利用した集団指導ではどうかという斬新なアイディアだった。
さすがオンライン部門の責任者である。
その方法であれば1学年をまとめて指導できるため負担はかなり軽減できるだろう。
人件費がかかってもこの規模であれば講習会費用からまかなうことが可能だ。
ただ、まったく初めての取り組みであり、準備に時間がかかるのと、生徒や保護者の反応もどうなるかわからず、うまくいかなかった場合に評判が下がるリスクがあった。
期末テストは11月中旬なので、やるのであれば今週中には告知していかなければならない。
私はすかさず天海さんの事務所に向かい、相談することにした。
「なるほどの、期末対策のイベントに無料で参加できるのは一般生にはかなり嬉しい特典じゃな。ただしあくまでもイベントは有料にして、塾生と講習会申込生は特別に無料というのがいいじゃろう」
「そうですね、有料のイベントが無料で特別に参加できるとした方が価値はありますね」
「とは言ったものの、はじめさんはあまり乗り気じゃない雰囲気じゃな」
「いえ、そ、そんなことはないのですが、集団指導をオンラインで行って効果があるのか不安があるんです。石川は事前にプリントを渡しておいて、演習時間込みで期末の試験範囲をみんなで一緒に解いていく方法を提案しています。それだと生徒によってバラバラな学習内容にならず、一定の効果が期待できるのかなとは思っているんですが・・・・・・」
「清洲予備校のような大手を相手にしている中で失敗は許されないと硬くなっておるのかな?」
「以前のような気楽な気持ちでチャレンジできない心境ではありますね」
「環境は常に変化していく、
その変化に対応するためには
こちらも変化するしかあるまい。
これまで通りの努力では目標とする成果には届かないとわかっているのであれば、なおさらじゃ。京セラの創業者である稲盛和夫氏の言葉に、
『今日の成果は過去の努力であり、
未来はこれからの努力で決まる』
とある。新しい挑戦、新しい努力が必要なのではないか」
「そうですね、
現状を考慮すると、
昨年成功したからといって
その方法に固執しても、
今年も成功するとは言えないので、
ここはやるしかないですね」
「これで一般生に対し講習会参加の決断を早く促すことができるじゃろう。有料で参加する一般生もおるじゃろうから、そこから講習会募集に繋げることもできる。ぜひやるべきチャレンジじゃよ」