冬期講習会はおおよそ1週間と夏期講習会に比べて短い。
レッスンの回数が少なく、それだけ一般生と関われる時間も制限される。
その中で生徒のハートを掴み、講習会明けからの入塾に繋げるのは至難だ。
昨年の冬期講習会についても一般生の参加が50名だったにもかかわらず、入塾を決めた生徒はわずか3名だった。
今年の一般生は28名と少ないが、入塾数で昨年を上回ることができればひとまず逆転勝利と言えるだろう。
短期決戦だけに講師陣の集中力が必要不可欠だが、そこに水を差しているのが石川の存在だった。
競合の「清洲予備校」の若手有力講師・竹中と密かに会っていたことが講師陣に広まり、日増しに険悪なムードが強まっている。
酒井だけはいつもの雰囲気だったが、それ以外の講師は明らかに敵を見るような目で石川をにらみつけているのだ。
石川も当然気づいているのだがまったく弁解も謝罪もしない。
私も塾長としてどう対処すべきなのか悩んでいる状態だった。
特に激しい敵愾心をむき出しているのが本多である。
体育会系の本多のことだから、石川が女性でなかったら殴り合いのケンカになっていても不思議ではない。
全体の打ち合わせで石川が話をするときなどあからさまにそっぽを向き、たまに舌打ちするほどだった。
若手男性講師で女生徒に最も人気があるのは最年少の井伊だが、先輩の本多は自分を男性講師のリーダーだと自負している。
本多の先輩に石川と酒井がいるのだが、今や対等の立場といわんばかりの態度と口ぶりだった。
本多は指導の実力がグングン伸びてきているし、頼りがいのある兄貴的存在して男子生徒から慕われているので期待はしているのだが、頭がかたいところは玉に傷だ。
良好な人間関係が築ける職場環境を目指してきたのだが、現状は真逆。
呼びかけてもとても一致団結できる雰囲気ではなかった。
現状としては石川に出て行かれたり、本多が不満を爆発させて働かなくなるとレッスンのシフトが回らない。
一色触発をなんとかしのぎしのぎでやるしかないのだ。
とは言っても何かしらの対処は必要ではないかと、電話をして顧問税理士の天海さんに相談をした。
「他塾の講師と食事しとっただけで完全にスパイ扱か」
「本多は清洲予備校のエースの竹中をライバル視していたようで、それがあって余計に怒り心頭です。石川は何も話に来ないですしね。この不仲状態はどう対処すべきなのでしょうか」
「石川さんとはいずれしっかり話をすべきじゃが、今は目の前の冬期講習会に集中することじゃな。本多くんも子どもではない。仕事は仕事と割り切って働くのではないか」
「今のところはそうですね。でも雰囲気は悪いですよ」
「そこまで神経質にならんでもよい。みんながみんな仲良く働ける環境などあくまでも理想じゃよ。
むしろ社員どうしが無理に仲良くなろうと
意識することこそ悩みや疲れが生じて
仕事に悪影響を及ぼす。
仲が悪いくらいが当たり前と思っておってよい。
社員どうしは最低限のコミュニケーションがあれば支障はないぞ」
「天海さん、いつになくドライですね」
「報告・連絡・相談といった点に問題があるようだったら指摘は必要。そこは容赦せずにいきなさい。ドイツの詩人、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ氏の言葉に、
『性に合わない人たちとつきあってこそ
うまくやっていくために自制しなければならないし、
それを通じて我々の心の中にある
いろいろ違った側面が刺激されて
発展し完成するのであって、
やがて誰とぶつかっても
びくともしないようになるわけだ』とある。
経営者として、教育者として、ここは他の講師たちの成長の機会と余裕をもって見守ることも必要じゃぞ」