私の経営する学習塾でトップの人気を誇る石川が欠勤続きで戦線離脱。
その穴を埋められずもがきながら夏期講習会を開催しているところ、顧問税理士である天海さんの要請を受けた山内がヘルプに来てくれて立て直すことができた。
ひとまず最悪の事態を回避することはできたが、問題がすべて解消されたわけではない。
特に問題なのは、欠勤が続く石川への辛辣な言葉がミーティング時に飛び交うようになってきたことだ。
競合する清洲予備校への気持ち以上に敵愾心に燃えている。
石川は無断欠勤というわけではなく、毎日必ず朝、私の携帯電話に連絡きた。
「体調が優れないので休む」
そのひと言だけだった。
朝以外の時間帯に連絡してくることはなく、体調不良の症状が具体的にどのようなものなのか、医者の診断結果はどうなのかなどの説明はまったくなかった。
驚いたのは生徒の様子についてすら一切触れてこないことだった。
あれだけ生徒対応に熱心だった石川がまったく気にせずに弱り果てているということは、こちらの想像以上に症状は悪いのかもしれない。
通常であれば同僚の誰かがお見舞いにでも行くのだろうが、何せ休憩時間や睡眠時間すらままならない夏期講習会最中。
誰一人石川の部屋を訪ねた者はいない。
若い女性が体調を崩しているところに私ひとりで訪問するのも、何かしら問題があると感じたので自粛していた。
もちろん私自身もまったく動けないので、お見舞いするとすると深夜か早朝か、どちらにせよ不適切な時間帯だ。
夏期講習会最初の日曜日。
夏期講習会中初めての休日となる。
しかし対応が疎かになっている生徒の補習などを行うため私と酒井、本多は休まず出勤。
石川の後輩である女性講師の榊原と年少の井伊は、様子を探るため石川のお見舞いに向かった。
結局の所誰一人として束の間の休日すら満喫できない。
そこで二人が衝撃の光景を目にする。
石川の部屋から若い男が出てきたのだ。
男の姿は、近隣地域の進出してきた大手進学塾・清洲予備校で若手のエースと呼ばれている竹中だった。
二人は以前にも仕事終わりに食事をしているところを目撃されている。
竹中が石川の部屋から出てきたというだけで、二人の仲がどうかなど確証はない。
確証はないが、榊原と井伊は怒りで我を忘れた。
そのまま部屋のインターホンを鳴らす。
ドアに手を掛けるが鍵がかかっていて開かない。
インターホンを何度鳴らしても反応はなかった。
その連絡を電話で聞いた酒井と本多も激怒。
もはや収集がつかない状態になっている。
私は慌てて天海に連絡をした。
「困った事態じゃの。しかし、そこでこちらからトラブルを起こせばさらに問題は悪化するじゃろう」
「どうすればいいのでしょうか? 酒井たちはこの後、石川の家に押し掛けるとすごい形相で叫んでます」
「ひとまずそれはやめさせなさい。見舞いも禁止。はじめさんが話をつけるとしっかり話して冷静になることじゃ」
「納得させられるでしょうか・・・・・・」
「経営者の自覚があるのであれば納得させなさい。そしてすぐに社労士に相談。弁護士でもよいが、社労士の方がこういった事態には慣れているじゃろう」
「この緊急事態に部外者に相談ですか?」
「そうじゃ。
大事なポイントは相談じゃ。
モンゴル帝国との交渉にあたったチベット仏教の指導者サキャ・パンディタ氏はこう言っておる。
『自分でよくわかっていても、
事はすべて相談してする。
相談を好まないのは、
後悔を高く買うことになる』
とな。はじめさんは欠勤と言うが、実際は有給休暇も取得できるから欠勤にはまだあたらないはずじゃ。その点の知識も含めて今後の対応は社労士に相談すべきじゃな」