2025年の波乱の夏期講習会も終盤。
大きな問題を抱えながらの講習会ではあったが、助っ人「山内」のおかげで無事に終了できそうである。
私が経営する学習塾の正社員である石川は、夏期講習会中一度も出勤していない。
新入社員でも取得が認められている有給休暇はすべて使い果たした状態だ。
社労士とも話し合いは進めているが、現在の石川は欠勤という扱いになっている。
「体調不良でお休みします」という石川からの朝の連絡は、すでにモーニングコールとしてルーティンに組み込まれていた。
病院での診断書の提出や、状態の確認などといった個別の面談などを彼女に提案しているが、進捗はあまりよくない。
社労士からは「解雇」を視野に入れた対応についての説明も受けている。
毎日気が重い中ではあるが、「捨てる神あれば拾う神あり」という言葉通りで、助っ人の山内が期待以上の活躍ぶりだった。
もともと山内は科目指導においてきめ細やかなレッスンをするタイプではない。
前職でともに働いている際には、科目の専門知識も危ういとすら感じることが度々あった。
だが、それを差し引いて余りある人間的な魅力が山内にはある。
彼は徹底的に「生徒を満足させて帰る」ということにこだわっていた。
生徒への接し方はやや威圧的ではあるが、話が軽快で、レッスンの導入やポイントの説明も面白おかしくして必ずすべての生徒を笑顔にする。
塾生ははじめ見慣れない中年男性講師に警戒していたが、一度のレッスンを受けて印象はがらりと変わり、二度目のレッスン後にはすっかり気に入っている。
これは入塾していない一般参加生も同じで、「こんなに楽しく勉強できたのは初めてだ」という感想が多く聞かれた。
家庭に電話しても保護者の満足感はとても高い。
あまり勉強が好きじゃない我が子が、「こんなことがあった」とか、「先生がこんな話をしてくれた」とか、「こんな問題が解けるようになった」と興奮気味に語るのだから親は嬉しいに違いない。
さらに山内の真骨頂は、
入塾への働きかけが、
積極的で貪欲な点だ。
塾生を含めたみんなの前で勧誘じみた活動はしにくにので、別途個別面談をして入塾活動するのが一般的だが、山内は複数人の塾生も参加しているレッスン中であってもダイレクトに入塾を勧めていた。
それだけ自信があるのだ。
自分のレッスンを受ける価値に
自信があるからセールスに遠慮がない。
最善の方法だといわんばかりに積極的に「明日から塾生になりなさい」と言い切れるのだろう。
そしてそんな空気を作り出しているので、周囲の塾生も同調して「一緒にやろう」と応援してくれる。
山内のおかげで夏期講習会の入塾率は過去最高値をマークしていた。
さすが自分の塾を起業したいと志しているだけのことはある。
山内の活躍ぶりに酒井や本多、井伊はかなり触発されていた。
山内は本来体育会系の指導なので、本多と方向性は一緒だ。
なかなか自分の壁を破れないでもがいていた本多にとって、山内の活躍はそうとうまぶしいものに映っただろう。
下手をすると今度は山内に本多を引き抜かれないかと密かに恐れているほどだ。
それにしても山内の「目の前の生徒を必ず笑顔にする」というわかりやすい信念は、凄まじい威力で、ここまで入塾活動で苦戦してきた自分が小細工を弄して時間を無駄にしてきた気になる。
顧問税理士の天海さんに夏期講習会終盤の状態を伝えると、山内の活躍ぶりはわかっていたような感じで、その特徴をイギリスの歴史家であるトーマス・カーライル氏の言葉を用いて答えてくれた。
『人生で最も大切な仕事は、
はるか彼方にあるものを見ようとすることではなく
目の前にはっきりと見えるものを
きちんと実行することだ』