2025年も10月に入り、今年も残すところ3ヶ月を切った。
例年であれば、冬期講習会の募集活動や秋ゼミ・正月ゼミなどのイベントをどう工夫していくのかに頭を悩ませているところだが、今年ばかりはその余裕がない。
とにかく大黒柱の石川の戦線離脱がいろいろな影響を及ぼしていて、問題が解決しないどころかより深刻化している状態だ。
石川が担当していたオンライン生徒の一斉退塾意向については現在対応中。
こちらは石川の同期にあたる酒井が中心になって奔走してくれている。
夏期講習会からの入塾生は助っ人の山内が上手にまとめてくれているので問題はないし、教室の雰囲気は多くの入塾があってこれまでの塾生との切磋琢磨で勢いがある。
ただし、山内が起業活動に戻ってしまった後のことを考えると不安要素がぬぐえない。
そして新たに浮上してきた問題が、他の講師陣の言動だった。
当初は欠勤が続き、さらに競合の清洲予備校の講師と密会していた石川への強い非難が多かったのだが、状況が変わらないことへの不満が大きくなってきているのだ。
つまり、非難の矛先が石川への対応が煮え切らない経営者である私に向いたのである。
私への不満は、すなわち会社への不満とも言えた。
この状況は学生アルバイト講師を雇うことを決めた際に、顧問税理士の天海さんから忠告されていた要注意な展開だ。
従業員が離職する兆候として、
- 会社や経営者への不満を口にすることが多くなる
- 仕事に対して集中力や意欲が著しく低下する
この2項目のどちらかの様子が見られるようになると赤信号ということだった。
酒井はともかく、本多、榊原、井伊の3人は職員室でも明らかに私に聞こえるように不満を口にしている。
特に本多は歯に衣を着せぬ言いようで、まさに爆発寸前といった感じだ。
不遜な態度ではあるが、石川の処遇をきっちり決断できていない現状で、本多らを頭ごなしに叱りつけるようなこともできない。
かといってこのまま放置しておくと私と本多ら講師陣が衝突するという事態にもなりかねない。
不穏な空気になった際は私が率先して職員室を出るようにしているが、本多は私のその行動も納得できていないようで、悪口のような言葉が教室の外まで聞こえてきた。
苦々しいことではあるが、こういった事態を招いたのは私の責任でもあるので、ひとまず我慢。
離職の兆候が見られた際には、
「人事制度が公正で適正であるかどうかを早急に見直すこと」
というアドバイスも天海さんから受けている。
まさに的確な指摘だ。
石川への私の対応が公正で適正でないからこそ他の講師陣のモチベーションを大きく下げる結果になっている。
「早急」という点が重要だと念押しもされていた。
長引けば長引くほど悪影響は拡大していく。
「果報は寝て待て」という言葉はあるが、さすがに今回には当てはまらない。
経営者として迅速な果断が必要なのだ。
天海さんが経営者に必要な要素について、経営の神様と呼ばれた松下幸之助氏の言葉を引用されていた。
『経営者に欠くことができない条件は、
体験、カン、判断の速さ、
実行力、勇気の5つである』
というものだ。
経営者として私はまだまだ未熟ものである。
今回の出来事に対し、判断の速さ、実行力ともに欠けている対応になってしまった。
この件をきっちり解決しない限り、冬期講習会の募集活動や秋ゼミなどの準備も開始できない。
なによりこれまで地道に構築してきた従業員との良好な人間関係が崩壊してしまうだろう。
その悪影響は確実に生徒や保護者に伝わり、学習塾の経営は立ちゆかなくなる。
もはや予断を許さない状態になってしまっているのだ。
石川との訣別のときは間近に迫っていた。