学生アルバイト講師の時代から私の学習塾を支えてくれた石川の離職がほぼ濃厚となった。
石川はこの4月に酒井と共に正社員として雇用したばかりだが、その手腕は学生の頃から抜き出ていてまさに大黒柱といえる存在だ。
新入社員が脱落するのとは訳が違う。
現状としては、幸運なことに山内という実績十分な戦力が助っ人に来てくれているので人手不足には至っていないが、山内は起業の準備もしており忙しいので頼れても冬まで。
冬期講習会からは山内がいない陣営でやりくりしていかなければならない。
学生アルバイト講師の募集もかけているところだが、それでは到底石川の穴を埋められないので、今重要なのは「即戦力の獲得」である。
冬期講習会まではあと2ヶ月あまり、育成に時間をかける余裕はない。
指導の経験があり、石川に匹敵する生徒を惹きつける力のある人材がどうしても必要なのだ。
そんなうまい話がそうそうないことは十分承知しているのだが、石川離職のダメージを最小限に抑えるためにはできる限り粘りたい。
中途半端な人材を採用しても、生徒や家庭のニーズに応えられず、それこそ大量の退塾生発生に繋がりかねないからだ。
ここ1ヶ月の中で2名ほど正社員採用希望者と面接はしたが、理想とはほど遠かった。
人手不足の解消だけであれば妥協もできるが、学習塾存亡をかけた人材募集だけに採用は見送った。
日を追う毎に焦りだけが募っていく。
もしかしたら石川が戻ってきてくれるかも・・・・・・ という淡い期待も拭い去れなかった。
石川が戻ってきてくれたら新規採用に頭を悩ませる必要もない。
しかし現実問題、そうなる可能性は1%にも満たないだろう。
学習塾のWebサイトだけではなく、転職サイトにも求人広告を掲載しているがなかなか求人効果がない。
宙ぶらりんのまま10月も中旬。
現状を打開すべく顧問税理士の天海さんに相談をしてみることに。
「人手不足の現代で即戦力の獲得というのはやはり難しい話ですね。かといって学生アルバイト講師を石川のレベルまで育成するとしたら2年以上はかかりますし」
「石川さんははじめさんが手塩にかけて育ててきた人材だけに簡単にはいかんの。しかし、即戦力の獲得の方法なら他にもあるぞ」
「他塾のトップ講師を引き抜くとかですか?」
「まあ、似たようなものじゃが、
転職エージェントのスカウトサービスを利用することで
即戦力の人材獲得の確率は大いに高まる」
「確かにそういうサービスがありますね。でも転職エージェントに依頼すると手数料がかなり高額なのでは? コストに見合った人材を獲得できるのであればいいのですが。広告料だけにコストをかけるのは厳しいです」
「コンテンツにもよるが、依頼するだけなら無料じゃよ」
「無料なんですか?」
「成功報酬は支払うがの。
つまり理想の人材を獲得できた際のみ
手数料が発生する仕組みじゃから
それ以外のコストはかからない。
支払う成功報酬は
雇用した人材の年収の30%から40%
といったところが一般的じゃな。
それは必要経費として考えるべきじゃろう」
「なるほど、それだとコストに見合った人材を獲得できますね! 大手エージェントには登録者が100万人を超えていると聞いたことがありますので、期待もできます」
「現状としては背に腹はかえられない。成功報酬は支払うつもりで準備を進めておくべきじゃ。ピンチはチャンスという言葉もあるしの。ブラジルの作家アナ・C・アントゥネス氏もこう言っておる。
『人生は私に石を投げる。
そして私はそこからダイヤモンドを探し続ける』
との」
「そうですね。私もこの事態を前向きに受け止めて対処します」