2025年もあと1週間ほどを残すのみとなった。
私の学習塾は、一般生との三者面談をすべて完了して冬期講習会がスタートしている。
冬期講習会は夏と異なり期間は短い。
およそ2週間弱。
受験生は最後の追い込み。
他の学年も1年間の総復習をして学力の底上げを行う。

そういった指導の一方で、講師は一般生への「入塾勧誘」をあの手この手で行っていく。
学習塾にとって講習会は塾生数を増やす貴重な機会でもあるのだ。
とはいえ、12月という時期はあまりに中途半端であるし、物価高が続く世情では入塾にこぎつけるのはかなり厳しい。
重要なポイントは、事前の三者面談でどのような話をし、講習会中いかに意欲的に勉強に取り組めたのかだ。
生徒の姿勢が大きく変われば、我が子の変化に感動し、保護者の入塾へのハードルは低くなる。
シンプルで簡単な話に思えるかもしれないが、実際にやってみるととても困難なミッションだということに気づくだろう。
相手が子どもであろうが、大人であろうが、少しの話で意欲を高めるなど高等なテクニックを要するからだ。
熟練の講師であっても冬期講習会の入塾率は3割いけば大成功。
入塾生がゼロで終わることもザラである。
開き直って春期講習会からの入塾誘導へ切り替えるケースも多い。
中途採用で抜擢した伊達の手腕がどれほどなのか、まずはその実力を測れる機会である。
一般生の担当振り分けは、伊達と酒井で1:1の割合だ。
酒井には女子生徒を多く、また、これまで参加した経験のある一般生の大部分を任せた。
伊達には初参加生の全員と、過去参加生の中で入塾の可能性が極めて低い男子生徒数名を任せた。
正直なところ伊達に任せた生徒たちであれば、1割の入塾率でも健闘したといえるだろう。
講習会が始まる前日に講師全員で冬期講習会に向けた意気込みや、ルールの確認、入塾目標などを打ち合わせたのだが、ここで伊達は驚くべきことを口にした。
「入塾目標は100%です」

つまり全員を入塾させるのが目標だと言うのである。
いつも大見得きって目標を立てる本多もこれにはビックリしていた。
学生アルバイト講師らも冬期講習会を何度も経験しているので、このタイミングでの入塾の厳しさはよく理解している。
到底100%など考えられない。
伊達の話によると、「ベネフィット」(未来の価値・利益・恩恵)について徹底的に生徒・保護者に話をし、その強調のための布石も打っていくとのこと。
この目標で当然のような表情だ。
講習会中に誰がどう接し、いつまでにこうした変化を保護者に見せ、いつまでに入塾を決定させるのか詳細にその戦略を明かした。
あまりに細かい対応に本多や井伊だけでなく、いつも冷静な榊原まであたふたしてメモしている。
酒井も聞いていて唖然とした表情だ。
もちろん私もそうである。
夜になってこの件について顧問税理士の天海さんに電話で伝えた。
私自身、伊達の話の半分ほども理解できていない。
「ベネフィットを具体的に想像させることは
購買意欲向上の重要要素じゃの。
それを段階的に引き上げていくという戦略か。
言うは易く行うは難しじゃが、なかなか練られておるの。さすがはじめさんの選んだ男じゃ」
「しかし冬期講習会で100%の入塾など聞いたこともありません。ましてや講習会だけ参加して入塾は絶対にしないといわれている一般生もいるんですよ」
「戦国時代の大名で味方ながら秀吉に恐れられた黒田官兵衛氏の言葉に、
『最期の勝ちを得るためには
どうしたらいいかを考えよ』
とある。結果を導く見事な布石の打ち方じゃと思うがの」

