【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
今日は天海さんの税理士事務所で、今後についての話し合いを行っている。午前中から始まり、昼食を食べて後半に突入。ここまで長い話し合いは初めてのことになるかもしれない。
「2022年1月末の塾生数としては、新中1が2名継続確定。冬期講習会から入会した新中2が2名、新中3は10名まで膨らみました。他にもオンラインの生徒が3名います。月謝による売上は月に352,000円となっています」
日本政策金融公庫の返済が毎月38,000円、教室の賃貸料が毎月10万円。光熱費や雑費など含めてもかなり余裕がある収入だ。
冬期講習会に参加し、そこでは入会にはならなかったものの、新年度の春からの入会がほぼ決まっている生徒も3人いる。
おそらく今回の中学受験結果の口コミから小学生の申し込みも増えるだろう。そう考えると、4月の新年度スタートの段階ではもっと売上は伸びているはずだ。
問題はそうなるともはや自分独りで生徒対応するには限界だという点である。嬉しい悲鳴ではあるが、塾生増加によってサービスが低下し、評判が落ちたらまた以前の状況に戻ってしまうというリスクがあった。これは早急に解決しなければいけない事案だ。
「現状のサービスを維持するためには、自分と同じようなスキル、キャリアを持った講師に来て欲しいのですが、さすがにそこまでの給与を支払える状況ではありません。ここは当初の予定通り、学生のアルバイトを雇うのが現実的かなと考えています」
「そうじゃの。正規雇用となると雇用契約書で試用期間を設けたり、従業員5人以下の個人事業主は雇用保険以外の社会保険は任意だが、いろいろな手続きが必要になる。しかもそれなりのキャリアの講師であれば給与面もネックじゃ。
学生のアルバイトであれば、
人件費を抑えられるし、
源泉徴収して
年末調整をするぐらいの
手続きで済ますことができる」
「頭が痛いのは、はたして学生にそこまで優秀な人材がいるのかということです。キャリアのある学生は大手の進学塾の方が待遇はいいので、こちらを選ぶことは考えられません。しかもこのコロナ禍がさらに拡大しているまっただ中ですから、どこの業界も人材不足に陥っています。そんな中で採用した学生に戦力として期待できるのかどうか・・・・・・ 」
「育てるのじゃよ」
「え?」
「完成した人材を雇用するなど、期待するだけ無駄というものじゃ。そこははじめさんが一から育てなさい。デジタル化で塾業界のサービスも大きく変化しておるが、最も重要なのはそのデジタルを駆使し、生徒や家庭に感動を提供できる人の心。いくら最新鋭のデジタルを駆使したところで相手の気持ちがわからぬ、ニーズを見抜けぬ人が扱ったのでは、相手の価値観を揺るがすほどの感化はできぬじゃろう。大事なのは人じゃ。だからこそはじめさんは人を育てなければならぬ」
「人、ですか」
「家康公が太閤秀吉に宝自慢された際のことじゃ。秀吉に迫られた家康公は、珍しい宝も財もないが、どうしてもと言うのであれば、
『宝の中の宝といふは、
人材にしくはなし』
と答えたという。
家康公が天下を治めるに至ったのも
人材の重要性に注目し、
起用し、育ててきたからこそ。
人を育てるというのであれば、なまじキャリアを積み上げてきた者よりも、まっさらな状態の学生の方が素直に吸収して育ってくれるじゃろう。
「なるほど。それでは躊躇せず、まずは募集をかけてみます。そして研修を始めて、何とか4月の新年度には間に合わせます」