近年、企業のコンプライアンス問題は大きな社会問題として取り上げられている。
ひと昔前は平気でまかり通っていたことが、今ではすっかりNG行為になっていたりするので注意が必要だ。
上司が部下を叱るのはパワハラになる可能性があるし、女性従業員を下の名前で呼ぶだけでセクハラになる危険性だってある。
特に最近目立つのは、企業の社会規範として許されない行為が明るみに出ると、マスコミに叩かれるだけでなく、SNSであっという間に拡散し、企業の信用度が地に落ちることだ。
大企業がその一件で倒産ということすらありえる時代なのだ。
経営者としては従業員の些細なことでも気になるのは仕方ない話だろう。
学校でも塾でも、2月中旬といえば生徒たちが色めき立つ「バレンタインデー」というイベントがある。
私の塾では特にチョコを持ってきたり、渡したりすることを禁止してはいない。
禁止している学習塾もあるのは知っているが、アットホームな感じのする塾にしたいという思いがあり、勉強には直接関係のないクリスマス会やハロウィンパーティーなどのイベントをむしろ積極的に行っているくらいだ。
バレンタインデーといっても昔と違い、女の子から男の子にチョコを渡すというよりも、女の子が自分で作ったチョコを女友達に配り合う「友チョコ」といった要素が強くなっているようで、女の子たちがキャッキャしているのはいつものことだから特に問題は感じていない。
ただひとつ注意しなければいけないのは、生徒と講師の関係である。
さすがに私はこの歳になって生徒からチョコをもらうことを期待することもないし、実際にもらったとしても明らかな義理チョコなのだが、若い学生アルバイト講師となると話は別だ。
学生アルバイト講師で一番最年少の井伊は、私よりも中学3年生に圧倒的に歳が近く、私から見ると井伊も生徒もどちらも同じようにすら見えるほどだ。
イケメンで人気ナンバーワンの井伊なので、やはり生徒からもらうチョコの数は他の講師とは比較にならず、律儀に全講師に渡す生徒も井伊のだけは包装から明らかに違うくらいだ。
本多あたりは悔しがっているのが見て取れるが、私は別に井伊に対して嫉妬などしない。
私だって20代の頃はホワイトデーのお返しに困るほどもらっていた経験はあるからだ。
問題はしっかり一線を引けるかどうかだろう。
生徒側が本気で熱視線を送ってきても、大人の対応として笑顔で受け流すことが必要だ。
大手の進学塾に長年勤めてきたので、多くの講師を見てきたが、その辺りでトラブルが発生して退職した者もいる。
SNSがこれだけ進化した今の社会であれば、そんなトラブルがあればたちまち噂が広がり、Yahooニュースにすら登場していたかもしれない。
塾の信用は一気に失墜する。
現代は変な誤解を招く言動すら慎まなければならないのだ。
顧問税理士の天海さんとコンプライアンスの話になった際に、
「企業に求められるコンプライアンスは、
法令遵守は当然のこと、
倫理や道徳といった点も注目されている」
とアドバイスを受けた。
企業としてはもちろんのこと、
従業員全員が社会倫理や社会規範をしっかり理解し、
業務を行えるよう、
経営者が全体に向けて話をしたり、
研修を行う必要がある。
それでも従業員が問題行動を起こしてニュースになっている企業はいくつもあるのだが、地道に警鐘は鳴らし続けなければならない。
天海さんは、帝国ホテル社長を務めた藤居寛氏の言葉を引用し、
『信用というブランドを構築するのに十年かかる。
しかしそのブランドを失うのはたったの十秒』
と話されていた。
従業員ひとりひとりが経営者の立場に立ってこの言葉をかみしめる必要があるだろう。