※これは独立したての経営者であるマモルと先輩経営者のショウの物語です。
マモル「お久しぶりです、先輩。ご無沙汰してまして、申し訳ありません」
ショウ「いやいや、俺もあれからマモルがどうしてるのか気になってたんだが、こちらも忙しくてな。どうだい、新しいメンバーとの仕事は?」
マモル「これまでとはまったくの別世界ですね……」
ショウ「あれ、マモル、痩せたか? なんだか疲れ切った顔色だな」
マモル「そうですね。この2ヶ月間で、もうくたくたです」
ショウ「まあ、新しいマーケットに進出していくんだから大変だっただろうな。新規の顧客を獲得するのもそう簡単にはいかなかっただろう?」
マモル「いや、先輩、それ以上に問題がありまして……」
ショウ「それ以上? 業務改善コンサルティングで、何かトラブルがあったのか?」
マモル「トラブルと言えばトラブルなんですが、お客様相手の話ではないんです」
ショウ「ほう。マーケティングに関する問題ではないのか、いったい何があったんだ?」
マモル「新しく雇った従業員です」
ショウ「従業員。確か、ベテランと若手の男性社員と女性の事務員だったな」
マモル「そうです」
ショウ「なんだ、相性の良くない相手でもいたのか? どの人だい?」
マモル「全員です」
ショウ「え? あの3人全員か。ベテランは経験豊富で、新しいマーケット進出で活躍してくれそうだって期待していたし、若手もやる気満々だって言ってただろ」
マモル「そうなんですけど。あの時の僕は相手の長所だけしか見えていなかったですね。橋本さんは経験豊富でスキルも抜群なんですが、とにかく頑固で、まったく協調性がないんです。ですからいろいろな職場で揉めてきたみたで」
ショウ「頑固で、協調性がないか。扱いにくいな」
マモル「若手の杉山くんは、やる気はあるんですが、自己主張ばかりでこちらの指示を聞く姿勢はゼロです。話し方も乱暴で、目上の人に対する礼儀がないんですよ」
ショウ「礼儀知らずで、自己主張ばかりか。それも扱いにくいな」
マモル「逆に事務の木梨さんは、無口でほとんどコミュニケーションが取れません。業務スピードは目を見張るものがありますが、向こうから話しかけてくることはありませんし、こちらから話しかけても半分は無視されます」
ショウ「寡黙な事務員か。なかなか手強い3人だな。一応聞いておくけど、チームワークは?」
マモル「ご想像通りです。チームワークのチの字もありませんよ。ハア…… 以前先輩は従業員を雇うようになってストレスが倍になったって話をされていましたけど、僕の場合は10倍になりました」
ショウ「それで、ここまで疲労困憊なわけだ」
マモル「もう、どうしていいものか。僕に人を見る目が無かったというでしょうか」
ショウ「江戸時代の幕政改革についての意見書に面白い言葉があるぞ」
マモル「いきなり江戸時代の話ですか?」
ショウ「荻生徂徠氏の言葉さ。『人を用うるの道は、その長所をとりて、短所はかまわぬことなり。長所に短所はつきてならぬものゆえ、短所は知るに及ばず。ただよく長所を用うれば、天下に棄物なし』と、八代将軍徳川吉宗に意見したそうだ」
マモル「長所をとりて、短所はかまわぬ……」
ショウ「長所に短所はつきもの。だから、長所を見て、短所を知る必要はないってことさ」
マモル「そうは言われても」
ショウ「ピーター・ドラッカー氏もこう言っている。『他人の短所が目につきすぎる人は、経営者に向いていない。長所を効果的に発揮させるのが自分の仕事だと考える人が、有能な経営者になれる』とね」
マモル「長所を効果的に発揮させるのが、経営者の仕事……」
ショウ「同じ土俵でやりあうことを考えるんじゃなくて、経営者なりの視点を大切にすべきだろうな」
マモル「そうですね。もう一度じっくり考えてみます」