※経営者として独立して間もないマモルが、先輩経営者ショウから成功に繋がるアドバイスを受けて成長していく物語です。
ショウ「その後はどうだ、あれから1週間が過ぎたが、何か良い兆しは見えてきたのか?」
マモル「コミュニケーションの機会は多くしています。特に上田さんとはとにかくコミュニケーションをとるようにしているのですが、なかなか本音の部分で話をしてくれません」
ショウ「うちの会社に来る前に、人間関係でいろいろあったらしい。それが大きなトラウマになっているようだ。だから愛想笑いを浮かべるだけで、心を開こうとはしないんだよ」
マモル「どこか、本気で仕事に打ち込むことも避けているような気がしますね。気持ちが入っていないというんでしょうか。周囲とのコミュニケーションも同じです。そういった空気は必ず伝わります。みんな接客のプロですからね。相手が本気かどうか雰囲気でわかるんです。上田さんが仕事に真面目に取り組んでいても、それではやっぱり信頼されない」
ショウ「まずはマモルと信頼関係が築けるかだな。ラポールって言ったか? フランス語で橋を架けるという意味だった気がするが」
マモル「ええ。ラポールの形成に不可欠なのはコミュニケーションです。それもこちらから話すのではなく、こちらがひたすら聴くという姿勢が大切になってきますね」
ショウ「傾聴か…… それで少しは自分のことを話すようになってくれればいいんだがな」
マモル「効果は出てきています。自分がどう考えているのか、どう感じているのかも言葉にするようになっていますから」
ショウ「そうか、さすがマモルだな。上田は、いったいどんなことを考えているんだ?」
マモル「一言でいうと苦しんでいます」
ショウ「苦しんでいる?」
マモル「ええ。とにかく人と関わることを怖れています」
ショウ「それじゃあ、コンサルタントとして失格だろ」
マモル「でも仕事は好きなんです」
ショウ「まあ、しかし、人と関わるのが仕事だからな……」
マモル「そうですね。そこに葛藤があります。できるだけ波風立てないように、上っ面だけの関わり合いで済まそうという思いが強いようです。ただ、それだと仕事の質が低下することもわかっています。だから苦しんでいるんです」
ショウ「どうにも繊細な男だからな、上田は。周りを押しのけてでもやりたいことがあるのならばやればいい。したい仕事を追求すればいいんだが」
マモル「そう簡単に割り切れないのも上田さんの特徴です。問題は人間関係が破綻するのを怖れて、言いたいことも言えない、やりたいこともやれないことでしょう。ちょっとしたことでも人間関係に支障をきたすと思い込んでいて、それで正面から人と向き合うことから逃げているんです。結果として余計に苦しむことになっています」
ショウ「そうか…… 心理学の父と呼ばれているアメリカの心理学者、ウィリアム・ジェームズ氏の言葉を思い出したよ」
マモル「ねじの回転の著者であるヘンリー・ジェームズのお兄さんですね」
ショウ「ああ、彼は
『苦しいから逃げるのではない。
逃げるから苦しくなるのだ』
と述べている」
マモル「まさに上田さんの状況ですね。逃げるから苦しくなるか…… 実は上田さんにはあるプロジェクトのリーダーになってもらおうと考えています。CRMのITソリューションです。まあ、チームリーダーといっても、チームは僕を含めて3人しかいないんですが」
ショウ「経験も知識もあるが、リーダーシップは期待できないだろう。……なるほど、それが前回話をしていた荒治療ってやつか」
マモル「逃げるから苦しくなるのなら、逃げなければいいんです」