春といえば卒業、入学といった別れと出会いの季節。
それは生徒だけでなく、私たち講師にも当てはまる。
春から新社会人となる学生アルバイト講師はこの学習塾から離れていくことになるからだ。
学習塾を起業して4年目となるが、ここまで支えてくれたメンバーが去るのはやはり寂しい気持ちが大きい。
私は彼らが新社会人として活躍していくのを期待する一方で、実績のある講師が抜ける穴をどう塞ぐのかという問題に頭を悩ませていた。
いや、今年はまだいい。
一番の問題は柱石を担っている石川と酒井の両名が社会人となる来年である。
この二人の穴はどう考えても塞ぎようがなかった。
実績もあり、生徒や家庭からの信頼も抜群に厚い。
何よりもその責任感から様々な局面で惜しまず協力してくれ、文字通りこの学習塾を支えて入れているのだ。
石川と酒井のどちらか一方でも欠けていたら今日までの成功はなかったと言っても過言ではない。
塾長である私がこのような悲観的な予測をするのは避けるべきなのかもしれないが、石川と酒井がいなくなれば確実に退塾する生徒が現れるだろう。
それも一人や二人ではない。
オンライン生徒も含めておよそ半数がこの学習塾に見切りをつける可能性すらあった。
もちろんその下の世代である本多や榊原、井伊などがさらに成長して挽回してくれるかもしれないが講師陣の厚みは確実に薄くなる。
どんな優秀な人材を育成できても、学生アルバイト講師である以上は4年間が期限。
大学院に進んで空き時間で働いてくれたとしても限度がある。
つまり学生アルバイト講師で切り盛りしている間は、この育成、分かれ、育成、分かれの循環が絶えず繰り返されることになるのだ。
だからといって育成にかけてきた労力が無駄になるわけではないのだが、効率は悪い。
この点については以前から顧問税理士の天海さんに相談していた。
天海さんからは、「正社員登用制度」を導入してみたらどうかとアドバイスを受けている。
正社員として雇用できれば、石川も酒井も今まで同様にこの学習塾で働き続けることができるし、学業に費やしてきたすべての時間をこちらの業務に充てられるのでさらなる活躍も期待できた。
正社員登用制度の導入は、
「優秀な人材を定着させるためには欠かせない
=この学習塾の発展のために絶対に必要」
ということになる。
しかし問題はいくつかあった。
それは例えば人件費の増加といったコスト面についてだ。
給与は変わるし、福利厚生といった経費もかかるため、経営面で苦しくなることが見込まれる。
だが二人が活躍してくれれば売上も上がるだろうし、人件費の問題は解決できるかもしれない。
最大の問題は、提示した条件を二人が納得し、このまま働いてくれるかどうかだ。
この点について天海さんからは、人材が定着する企業のポイントについてアドバイスを受けた。
「いかに売上が伸びて、給与が上がったとしても、人材が定着するとは限らない。むしろ離れていくことすらあるのじゃ。
大切なことは幸せを感じられる
職場であり、仕事なのかどうかじゃな。
マネジメントの生みの親であるピーター・ファーディナンド・ドラッカー氏は、
『知識労働者とは処遇のみではなく、
組織の使命感、大義に対して働きがいを感じている。
だから知識労働者の雇用には
ボランティアと同じ思考が重要である』
とな」
「ボランティア精神ですか?」
「何かに惹きつけられれば人は率先して貢献しようとする。処遇だけでは、より処遇の良い企業に移ってしまう。ハード面を整備すれば問題が解決するわけではない。正社員登用制度を導入する機会に、改めて経営理念や学習塾としての目標、使命を明確にしておくことは必要じゃぞ」