【このお話では、サラリーマンを続けていた40歳の松平はじめが、起業に挑戦し、税理士からアドバイスを受けて、成果を出すための大切な気づきをいろいろと得ていきます】
9月に入り、各学校では2学期授業が本格的に開始されている。
夏休み明けから、いきなり通っている学習塾を変える選択をする家庭は極めて少ないので、まったく問い合わせはない。動きがあるとすれば、9月に行われる学校の定期試験や塾の模試の結果が出てからになるだろう。結果が振るわなければ別の選択肢を考え始める家庭も現れる。
もちろん、自分が経営している塾でもそこに合わせて生徒が成果を出せるように指導しているわけだが、やはり入塾を動かせるのであれば、できる限り早くから動かしたい。
小5の女の子が転校し退塾していることが決まっているため、生徒数は5人から4人に減る。生徒数を増やしていかなければいけない状況で、マイナスはかなり厳しい。せめてこの1人分だけでも補いたかった。
とはいっても現状はやれることが限られている。チラシを打ち出してもこの時期ではほとんど響かないだろう。かけた広告費の分だけ赤字が増えるだけに終わることは目に見えている。
そういった間接的なセールスよりも、
もっと直接的なセールスが必要だ。
以前であれば、講習会だけ参加した生徒や一度退塾した生徒の家庭に連絡して、状況を聞き、学習アドバイスと共に通常授業の体験などに誘導することも可能だったが、なにせ新規に起業した学習塾だけにリストはゼロである。アタックしたくてもターゲットがいないのではどうしようもない。
「どうしようもないということはないか・・・・・・ 昔教えていた生徒の家庭に連絡してみることはできるな」
ただし、昔教えていた生徒は、前に勤めていた学習塾に所属している生徒だ。要するに引き抜きということになる。
ただ、この件について確か起業する際に顧問税理士の天海さんに何か言われた記憶がある。その時は、そこまでしなくても15人程度は生徒が集まるだろうと考えていたので、気にとめていなかった。
「これは念のため天海さんに問い合わせておいた方がいいな」
そう思い、私は天海さんの税理士事務所に電話をかけた。事情を説明すると、天海さんはやや不機嫌そうな声で、
「はじめさんは、元いた会社から顧客に関する情報を持ち出していたということかな?」
「情報を持ち出す・・・・・・ いえ、あの、生徒の個人情報に関する資料などは一切持ち出していません。パソコン内のデータもすべて削除しています。ただmよくご家庭に電話していた生徒については、電話番号も記憶しているので、そこに当たってみようかなと考えていました。記憶しているだけなので、そんなに多くはないのですが」
「はじめさんのどうにかしたいという気持ちはわかるが、
在職中に得た顧客情報は
元いた会社が有する情報じゃ。
それを黙って利用して、生徒を引き抜いたとなると損害賠償で訴えられるリスクがあるぞ」
「そ、そうなんですか!? 訴訟まで発展することもあるんですか?」
「顧客の引き抜きは
法律違反の可能性があるんじゃ。
実際に広島県では、起業した学習塾が生徒を引き抜いたと元いた会社に訴えられ、平成26年に損害賠償の判決が下されておるからの。今のはじめさんの状況で、さらに裁判で争うことになったら、経営の時間を割かれて起業した会社は潰れるじゃろう。電話をかけるのであれば、そのリスクをしっかりと認識してからにすべきじゃの」
「そうでしたか、知らずに危ない橋を渡るところでした。元いた会社とのトラブルは避けたいですからね。アドバイスいただきありがとうございます」